Wo mo'

日常×気まぐれブログ☆

優しさのひとつ

 

私には

障がいのある姉がいます。

病気の後遺症での後天性の障がいです。

 

そのことで

家族の関係も大きく変わりました。

 

小学生だった私には目に映らない

内面的な障がいを理解することは難しく

親へも 姉へも 学生時代は

反発したり 拒絶したりしました。

 

姉は年の近い私への執着心が強く

嫉妬から 嫌がらせのような言動が

日常的に続きました。

 

健康であることや友達が居てること。

運動ができたり 遊びに出かけたり。

自分が失くしたものを持っている年の近い妹に

自分の心を察してほしいと

姉なりのサインだったのしょうね。

 

大人になり

その心の痛みや 淋しさ

本人と同じように。とはいかないけれど

理解できる歳にもなりました。

私自身が親になり反発ばかりしていた両親に

対しても見方が変わりました。

 

姉や両親が一日

朗らかに暮らせるように。

 

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障がいについて

調べたり 福祉課に相談したりと

これからの時間をどう過ごしてほしいのかを

私なりに前を向いてもらおうと

行動していましたが

 

私の言動はいつも気持ちうらはらに

姉の感情を刺激してしまうようで。

言葉は誰から伝わるのかで大きく変わります。

残念ながら私からの言葉は

逆効果になっていました。

 

それでも私は

間違っていないと突き進みます。

これは前を向いてもらうために

必要なことなんだ、と。

 

 

そして辿り着いたコタエは

「離れること」

 

私が歩み寄ろうと近づけば近づくほど

姉は心乱れ、両親は姉に気を遣い

ピリピリして疲れてしまう

 

 

その空気をどうにかしたかった私自身が

それを生み出しているのです。

だから 両親とも 姉とも距離を置きました。

 

疎遠な距離に自分を置くことに

決めたのです。

 

 

穏やかに暮らしてほしい

日々笑顔溢れるような

そんな過ごし方をしてほしいと願います。 

 

近くにいて何かできることをするのも優しさ。

そして 離れるというのもまた

優しさのひとつ。

 

 

いつか来るこの世でのお別れの時

年齢の順番でその時が来るのだとしたら

私の順番は見送る側

 

離れていたことを悔やむでしょう

もっと何かできることをしたかったと

もっと近くにいれたらと

きっときっと悔やむでしょう

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浄化することのできない想いに

たくさんに包まれて

泣くんだろうな。 

 

   

引きちぎれそうな私の心が今から

想像できますが そうならないために

私のしたいように 進むのは

私だけの自己満足でしかないのです。

周りから見たら

逃げていると思われることもあるでしょう。

 

 

でもね

離れていても

身を案じ 幸せ願うのは同じなんです。 

 

 

幸せを願うからこそ 離れる。

恋人の別れのドラマだけじゃなく

家族にも  そんな優しさの選択もあるんです。

 

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